Welcome Aboard -旅するために旅をする

現在、絶賛無職中の僕が、世界中を旅するブログです。

・沈没者たち

‘沈没’と言う言葉をご存知だろうか?海外においての沈没と言うのは、いわゆる外ごもりのことだ。
安くて快適なゲストハウスに引きこもり、大抵は何をするでもなくのんびり過ごすことを言う。シェムリアップはそんな沈没者がたくさんいる街だった。しばらく滞在して、その理由がなんとなく僕にもわかった気がする。
アジア最大級の世界遺産アンコール遺跡郡があるだけでなく、きらびやかなパブストリートや大きなデパートがあって程よく栄えている。しかし、少し移動すると郊外には美しい農村が広がっており、田舎の弛緩した空気がなんとも心地よい。シェムリアップでは旅を一旦ストップしたくなるのだ。

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そんなシェムリアップで、僕が沈没者たちに出会ったのは日本人宿だった。
せっかく海外にいるのに、
日本人とばかりつるむのはもったいないと思い、今まで利用していなかったが、考えてみれば日本人宿にいる彼らだって、海外に来たからこそ出会える人達と言うことは変わらない。日本人、外国人と区別することないや。
なにもそんなに片意地はらずとも良いではないか。
それに日本人宿は清潔で、泊まっている日本人から旅の情報を得られると言う話を聞いていた。
と言うことで初めて日本人宿へ行ってみる。ネット調べたところシェムリアップには有名な日本人宿がいくつかあった。その中のひとつタケオゲストハウスに行ってみる。エントランスに到着すると、右を見ても左を見ても、どこを見ても日本人しか居ない。
すれ違う人達に「こんにちは」と挨拶するのが、妙に恥ずかしい。
受付をしていると、後ろから60歳をいくらか過ぎたぐらいの胡麻塩頭のおじさんに話しかけられた。バッグからサイフを取り出す僕を見て、「現金、パスポートなんかの貴重品はカバンじゃなくて、身につけてなくてはいけない」とおじさんが注意してくれた。その他にも旅の危険のあれこれにについて、いろいろとご教授してくれた。僕は「はぁ、ありがとうございます」と礼を言う。
ドミトリールームにいる日本人達と話しをする。
「もう長老には挨拶した?」と聞かれた。完全にスタッフと思っていたが、どうやら先程の胡麻塩頭のおじさんが長老らしい。
もう10年もシェムリアップにいるらしい。
長老いるんだ、日本人宿。
僕はタケオゲストで2人の日本人と仲良くなった。
学生パッカーの楠君、長期休みを利用して東南アジアを回られている小野さん。僕らは1日の多くの時間をゲストハウスで過ごした。僕の場合は涼しい午前中はゲストハウスで借りたチャリでシェムリアップの街をぐるぐる周り、暑くなる昼過ぎには戻り、宿に置いてある小説や漫画を読んで過ごした。僕はタケオにいる間に3冊の小説「旅のラゴス」「夜のピクニック」「真鶴」とゴルゴ13を中心に多くの漫画を読破した。
夜になると小野さん達と楠君と一緒に飲みに出かけた。
小野さんの話が為になっておもしろかった。アジア旅行で節約する方法、シェムリで1ドルステーキを食べれる店なんかを教えて貰った。
そんな安心、快適な沈没生活の天敵はトンとナリだった。


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タケオスタッフの子供達なのだが、昼過ぎに宿に戻ると大体ドミトリールームに侵入している。そして、僕のベッドに我が物顔でデンと座っている。
「そこ僕のベッドなんですけど。。」とお伺いをたててもお構い無し。
僕を見つけると、おもちゃの銃で撃ってくる。僕は「うぁ~やられた!」と倒れる。起き上がる。撃たれる「うぁ~やられた!」と倒れる。起き上がる。撃たれる「うぁ~。。以下繰り返し。
彼らは飽きるという概念をどこかに落としていて、ひたすらバンバン撃ってきた。
えっ、これ面白いかい?
あと、彼らのお気に入りはスマホのゲーム。僕にやらせてくれる訳ではなく、自分達がやっているのを見てろって話しらしい。サメを操作して、ダイバーを食べると言う無駄にグロテスクなゲームを彼らが納得するまで僕は見続けさせられた。
えっ、これ面白いかい?
散々一緒に遊んだのに、楠君が宿に帰ってくると、ふたりとも一目散に彼の元に駆けつけた。楠君は子どものあやし方が上手で楽しそうに遊んでいる。僕は安堵しながらも、ちょっと寂しくて、大人げなく嫉妬したりした。完全にやつらに踊らされているではないか。
あと、シェムリで出会った印象的な人は、右翼おじさんと折り紙おじさん。
ある日スーパーに買い物に行くと日本人のおじさん連中がいて声をかけられた。
その中の一人がなかなかのライトウイングな思想の持ち主で、その愛国心溢れる主張を聴いていると、我が国を憂う前に、何だか頭痛がしてきそうだった。右翼おじさんにはカンボジア事実婚している現地の奥さんと複数人の愛人がいるらしい。そのお年で凄いちゃ凄いけど、持って産まれたバイタリティーをもっと別のことに使えば良いのにと思った。もちろん、思ったこと全て口に出すほど礼儀知らずじゃないけど。。
折り紙おじさんは、世界中を旅していて、「僕はまったく外国語をはなせないけど、僕にとっての言葉はこれなんです」と折り紙をみせてくれた。凄く複雑で立体的なカニやら飛行機やら船なんかをぱぱっと作ってくれた。折り紙を通してどの国の人とも仲良くなって、作った折り紙を渡すと大抵、宿やご飯を提供して貰えるらしい。「芸は身を助ける」とはこのことだなと思った。簡単な折り紙をいくつか教えてもらった。ちなみにおじさんから貰った折り紙をトンとナリのタケオチルドレンの2人にお土産に持って帰ると喜んでくれた。にんまり。


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僕は、しばらくタケオに滞在して沈没生活を楽しんだ。
しかし、人間おかしなもので、ずっと休んでいると、今度は無性に働きたくなる。小野さんにそんなことを言ったら「シェムリで働けますよ」と教えてくれた。
タケオゲストハウスから、歩いてすぐのYAMATOゲストハウスでスタッフを募集していて、働けるらしい。
しばらく休んだ僕は、今度はしばらく働いてみることにした。
タケオで顔馴染みになった人達に挨拶して別れる。
ゲストハウスでの自堕落な日々は僕に、労働があるから休みがあるという当たり前のことを教えてくれた。
人間、きっと、休んでばかりも働いてばかりも駄目なんだ。バランスが大事。本当に当たり前のこと何だけども妙に納得してしまった。

こうして僕は愛すべき沈没生活と沈没者たちに別れを告げた。